伊勢神宮まで車で15分。広大な敷地に広がる森での自然体験。

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伊勢神宮まで車で15分。広大な敷地に広がる森での自然体験。

神社125社めぐり

神の庭を訪ねて

お伊勢さん、と親しく呼ばれる伊勢神宮の正式名称は「神宮」。

天照大御神をお祭りする皇大神宮、内宮と、豊受大御神をお祭りする豊受大神宮、外宮 の両正宮のほかに、十四の別宮、四十三の摂社、二十四の末社、42の所管社があり、合計百二十五もの社からなる宮社の集合体である。

広く伊勢には土や風、そして水をはじめとする多くの自然力が、神として祭られ、人の思考を超越した自然の神秘のなかに存在している。 清浄であり素でもあるこの国のはじまりの姿、形の記憶が明確に息づいているのだ。

気、と言えばいいのだろうか。大きな磁力に包まれているように佇んでいると、古代の人々と自分が、どこか記憶のなかに繋がっているような 気さえしてくる。
身体の中に棲む遺伝子がそれを伝えてくれるのだろうか。 「なにごとのおわしまかすかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」と歌った西行の歌にあるように、言葉や理屈を似ってではなく、素直に 心の底に鎮まるおおらかさを覚える。

外宮、内宮をはじめ伊勢に点在する別宮や摂社末社を訪れるとき、その静謐な神域にすべての「もの」や「こと」を超越した「素」の世界を知る瞬間がある。 その時人々は、この国の成り立ち、思考の根源を想い、神徒の対話の気づきはじめるのではないだろうか。

それはあなた自身の神様との出会いのときかもしれない。

著者/桃屋乗平(もものやじょうへい)
本名松山泰久 1979年創刊の三重のタウン情報誌「月刊Simple」発行人。
第62回式年遷宮に関する官民で構成する「御遷宮対策事務局」プロデュー
サー。筆名は写真家浅井槇平氏が名付け親。
企画・制作・発行/伊勢かぐらばリゾート千の杜

朽羅くちら神社 朽羅神社

薫風、新緑、青い空。麦の穂が色づき、早苗が風に揺れている。命の糧を育む田畑に囲まれた朽羅神社の社がまるで浮かんでいるように見える。優しい、実に優しい光景だ。

祭神はこの地の田や野を守る農耕の神様。「くちら」というのは籠もるという意味を持つ言葉。まさに神が籠もる社だ。

古から人々は豊かな稔りを願い苗を植え、田草を取り、日々の生育を眺めながら恵みの雨を祈り、強風の来ぬことをこの社に祈ったのだろう。 そして秋の稔り感謝を込めて初穂を神に奉り豊作の祭りによったはずだ。

年々歳々繰り返されるその営みは、遥かに遠い昔から知恵と知恵とが重ねられ、今につながる。 日毎当たり前のように口にする三度の食事。「いただきます」「ごちそうさまでした」の一言は、 神と農漁に携わる人々への感謝。忘れまい・・・。強く心に留めて神の前に頭を垂れる。


〈内宮摂社〉
●祭神・千依比賣命 千依比古命命
●度会郡玉城町原字森前

津布良つぶら神社 津布良神社

灌漑池を左手に見て高台への細い道を落ち葉を踏みながら登る。宮の周りを巡るように歩を進めるとやがて参道の入り口。  津布良さんへお参りするのは久しぶりだ。

ところが荒削りの石段を登って私は愕然とした。あの美しい苔に覆われていた参道が踏み荒らされて見る影もない。

昨今、伊勢の神宮の百二十五社巡りと銘打って、参拝というよりも案内役のついた団体の見学旅が行われていることは知っていたが、 一度にたくさんの人々が宮域に入ることで知らず知らずのあいだに痛々しい状態になってしまったのだろうか。 だが、それはあくまでも推測の域。

誰もいない宮に佇み、神に参ることの意義を問うてみる。何故神に参るのか。それは人それぞれだろうが、私は神の御前に身をおいて自らを律するとともに 「生かされている」ことへの感謝を捧げるため、と答えたい。人並み以上に我欲はある。なりたいと思う明日の自分像も持っている。しかし、そのために 道を踏み間違えてはならないのだ。

我が人生の師と仰ぐ浅井愼平は、目指す人間の存在の深さ、人生のありようを「誇りある意気地と微かに匂う色気。どうにもならない宿命や世間に微笑む諦めと、 青空に触れようとまっすぐに立つ品格。そして風に吹かれて振り向かずに佇む哀愁をもっているかだ」 と語った。無理だと知っていても、その言葉を私は私に問いかけながら生きてゆきたい。

宮域の隅を小枝を拾って掃いてみた。現れた柔らかな緑の苔に微笑みながら社をあとにする・・・。

〈内宮末社〉
●祭神・津布良比古命 津布良比賣命
●度会郡玉城町積良

坂手国生さかてくなり神社 坂手国生神社

雨の日に参る清々しさは、格別なものがある。静かに、時に厳しく降る雨音を聴きながら歩く 参道は、木々の香りが漂い私の心を浄化してくれるかのようだ。

坂手国生神社を訪れた日も雨だった。緩やかな石段がつづく参道は雨を受けて優しい光を私に見せてくれている。

東に牛尾崎池という大きな灌漑用水をもつ小山の上に鎮座する坂手国生神社。祭神の 高水上命は、その名の通り灌漑を守る水の神で、倭姫命がお定めになったと伝えられる。

今も昔も、命の根である稲を育むための水の大切さは言うまでもないが、それを神と崇めた先人の心根を思い、 降る雨に傘を閉じて暫く濡れてみる。掌で弾む雨に私は呟く、有難うと。そして大いなる稔りを祈るのだ。


〈内宮摂社〉
●祭神・高水上命
●度会郡玉城町上田辺字大山田